【チャリ】Bike Across Japan2400のこと(中盤戦)
 Bike Across Japan 2400参戦記その4
 ブルベもスタートしてまもなく中盤戦にさしかかろうという、650km地点の赤穂市からのことです。
 日付で言えば4/29にスタートして、赤穂市には4/30の深夜22時半に到着、そこから近くの東横インに宿泊し、ライトのバッテリーなどを充電し出発の準備や荷物の入れ替えをしつつ就寝しました。

 なんとか日付の変わる前に寝られたということで、起床は朝の4時半過ぎだったか……6時間弱ほどの睡眠をベッドの上で取れましたが、思ったよりも尻の回復が芳しくなく、重い足取りでホテルをチェックアウト。
 目の前のコンビニでおにぎりを2つ食べ、軽い向かい風が吹いている中スタート。
 
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▲5/1はセブンイレブン播州赤穂駅前からスタート


 やはり5月になったとはいえ、朝晩は寒い……

 先に書いたように、多くの人が都合よく赤穂市で宿を確保しており、時々BAJライダーとも顔を合わせ会釈をしつつ、相生に抜ける高取峠へ。
 高取峠は短い峠で、すぐに下って相生市街に、まだそれほど交通量の多くない国道二号線を走りつつ姫路城まで。

 途中、姫路市街に入ってすぐのファミマで、同じ絵描き仲間のたなべさんが応援に駆けつけてくれ、軽い休憩と一緒に軽く談笑。
 彼も絵描き仲間ながら、MERIDAのスクトゥーラを駆るサイクル仲間なのでした。
 こちらは千葉住まいで、彼は兵庫ということで、まだ一緒したことがなくなんとかタイミング合わせて一緒したいねえとお話しました。
 まだ午前6時位だったと思うので、本当にご足労感謝でありました。

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▲姫路城、よりみちでなく本当にルート上にありました

 姫路に入る頃には向かい風は収まり、姫路城をかすめて加古川沿いに内陸へ。
 加東市、西脇市……交通量の減った道を走っていきます。
 このへんは兵庫県でもほとんど足の運んだことのない地域でしたが、道も綺麗で走りやすく、なかなか景色も良い所でした。

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▲加古川沿いの道、日本へそ公園などありました、いい道。


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▲PC08ローソン氷上町石生(742km地点)


 丹波市の石生(PC08ローソン氷上町石生)のPCには、午前10時頃に到着、ここでスタートして742km地点
 ギリギリまでホテルで休憩したので、貯金はどうかなと思いましたが、なんとか3時間ほど作ることが出来、ホッと一息。
 しっかり休んだので眠気はないのですが、尻の痛みがどうにもならない状態で、まだここから1700km走らないといけないと思うと、完走は無理なんじゃないかという気持ちに……

 丹波市からは福知山の市街地を経由して綾部市、京都の山奥を通りつつ日本海、若狭湾へと抜けるルートです。
 
 この丹波市のPC8から福井県のおおい町のPC9までは長い登りもありましたが、特にBAJでも苦しかった区間で、耐え難い尻の痛みに合わせて、人里離れた綾部市の山奥は補給の自販機もなく、心身ほとほとに弱って疲れ渡ったルートでした。

 とにかく自転車が思うように前に進まないというか……

 綾部の山奥を抜けて、おおい町にに下りてくると、今度は若狭湾から吹き付ける向かい風で、下り基調ながら猛烈に体力を削られ、くたくたになりつつPC09ファミリーマート大飯うみんぴあ前には15時半ごろに転がり込みました。
 時間的な貯金は5時間ほどあるものの、目標の時間からは1時間遅れ。
 この日の夜は越前海岸の温泉施設で仮眠の予定でしたが、閉店時間のあるところだったので、遅れていると思うように休めなくなるんじゃ……という心配もありました。

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▲PC09ファミリーマート大飯うみんぴあ前(828km地点)

 このうみんぴあ前のPCにはAJ近畿のスタッフが来ており、色々お話する中で「尻がもう痛くて痛くて……何かこう、耐え難い痛みっていうのは、なにか対策とかないものでしょうか?」と相談するものの。

「痛いのは、我慢するしか無いよねえ」

 ……という、元も子もないアドバイスを頂く。

 そうだね、みんな辛いもんね……


 なけなしのアドバイスで「尻にハンドタオルでも挟んでみれば?」と言う言葉で、尻にハンドタオルを挟んで再スタート。

 たしかに走ってみると、サドル面の骨盤のあたり方が変わるので、痛みが減るわけではないけれど、幾分痛み方が変わるのでそう悪くないのかなとも……


 次のPCであるローソン越前海岸のコントロールまで100kmほど、若狭湾沿いは、尻の痛みを紛らわせるために、違うことを考えながら(主に夏コミの漫画のプロットどうしようかなあとかそんなの)いつの間にか走りぬけ、敦賀市で日没。

 綾部で時間を食い、更にはうみんぴあ前のPCでかなり休んでしまい、予定時刻から大幅に遅れ敦賀市の健康ランドで早めの仮眠をとるのもアリかと思うものの、まだ明るいうちだしここでの仮眠はゲテだろうというので、そのまま国道8号線「敦賀街道」に合流、暗闇の訪れた日本海岸を淡々と走っていきます。


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▲敦賀で日没、まだ太陽は高いけど若狭湾の夕暮れ


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▲電池不良で交換し全灯させたナイトポッド
ヘッドライトにはこの後度々悩まされることになる


 いつものようにGENTOSのヘッドライトを点灯させていくものの、右ライトの電池がすぐに切れてしまい、サドルバックに詰めていた新品に交換し再スタート。

 しかし1時間ほど走ったところで、今度はテールランプが何故か消灯……
 さすがに二晩も点けていたら消えてしまうかと思い、こちらも電池を入れ替えて再スタートするものの、30分ほどでまたしても消灯……
 浸水止めのパッキンが逆に挿入されていたというくだらない原因を発見するのに10分ほど停車と、なかなかマイナートラブルでさらに遅れ、予定していた仮眠施設には、予定よりも3時間遅れて到着。

 ここで3時間ほど仮眠する予定が、到着が遅れたおかげで、15分ほどしか仮眠が取れない状態で、施設を追い出されてしまい、寝る場所をどうにかしないという状態に……


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▲PC10ローソン越前海岸(926km地点)


 PC10ローソン越前海岸には22時前に到着。

 一応目標時間に到着はできているものの、仮眠をすっ飛ばした上での到着時刻なので、一体どこで休もうというお先真っ暗な状態。
 PCで会った他のライダーに話を聞くと、少し先に行った道の駅みくにでは、休憩施設があるよということで、ここで仮眠が取れたらいいなということで、とりあえずがんばってそこまで走ることに。

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▲海外からの参加者のベストバイク
MOOTSのチタンバイク、なかなか決まってて良かった……

 道の駅みくにには深夜1時頃に何とか到着、そこで寝れたらと思ったのですが、何と非情にもここの休憩室は夜の9時で扉が封鎖。
 仕方ないのでベンチで横になるものの、あまりの寒さで30分で目が冷めてしまい「行くも地獄、留まるも地獄」という状況に。

 ハンドタオルを挟んで幾分気が紛れるようになったとはいえ、ひどい尻の痛みは相変わらずで、更には眠気からくる、酷い倦怠感から、ゾンビのような死相を浮かべながら金沢のコントロールを目指すことに。


 更に途中、加賀市の市街でイートインが開いているファミリーマートを見つけて、ここでも何とかiPhoneを充電しつつ30分ほど仮眠……イートインで寝れるわけ無いじゃん!!何やってるんだお前は!!と今更ながら思うわけですが、なんだかもうグダグダな走りです。

 GENTOSのヘッドライトも思いの外調子が悪く、ライト自体は付いてるうちはある程度明るいのですが、夜前にも変えたにも関わらず、明るくなってくるかなって時に、またしても消灯……


 結局ソンビのような走りを続け、小松空港周辺で夜が明け、朝7時過ぎにPC11の金沢駅前のローソン(ローソン金沢昭和町)に到着。

 目標は午前5時前でしたから、2時間遅れになっていました。

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▲PC11ーソン金沢昭和町(1036km地点)
疲れ果ててて、こんな写真しか撮ってなかった

 さすがにこのPCにこの時間になってくると、他のBAJチャレンジャーの姿もまばらになってきますが、とうとうこのPCでは自分以外の人とは出会わず……応援に来ていた、他参加者の知り合いさんといろいろお話しつつ出発。

 ほぼ満足に仮眠が取れなかったことを話すと「それは危ないですよ、この先親不知っていう難所がありますから、どこか、それまでにきちんと仮眠をとったほうがいいですよ」とのこと。


 彼は手書きのFight! BAJ2400と書かれたスケッチブックを持ってきたのもあって、なかなか励まされました。クタクタだけど頑張ろう……


 結局その後、少し先に行ったところにある倶利伽羅峠の手前にある、道の駅くりからで、ソファの上ながら3時間弱ほど仮眠をとることに成功。

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▲道の駅くりからで休憩
ビタミン剤の入った袋とコーラ


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▲倶利伽羅峠のピーク、ここから富山県に

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▲時には同じBAJライダーと邂逅
コリラックマさん……

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▲富山市街には立派なお城がありました

 多少リフレッシュして出発、倶利伽羅峠をえっちらおっちら越えて富山県へ、砺波市を抜け午後2時頃に12カ所目PC、ファミリーマート魚津北鬼江にチェックイン。

 ここで佐多岬からスタートして1123km地点です。

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▲PC12ファミリーマート魚津北鬼江(1123km地点)


 気温は非常に高く、風は時々追い風、時々向かい風という感じで、風向き、道の向きでリズムを乱されながらも、倶利伽羅峠を降りてからは概ねここまで平坦、なんとか明るいうち、16時半頃に富山~新潟の県境の難所、親不知に突入。

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▲難所、親不知の旧道で
親不知は交通量の多い道路ですが、一部徒歩と軽車両は車とは違う旧道を通ります


 親不知は富山と新潟の県境、10kmあまりの区間を連続したトンネルで繋いだ上り勾配の難所で、トラックや交通量も多く、今回のルートでは指折りの要注意なセクションです。

 なんとか、明るいうちにここを通過できてよかった……暗くなってたらどんな地獄だったか……

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▲糸魚川に沈む夕焼け、2日連続の日本海の夕焼けです


 親不知を通過して糸魚川で夕暮れを迎え、日本海の景色を眺めつつ日没、直江津の手前での少しばかりの登りに悪態をつきつつ、20時前に直江津改め上越市にあるPC12、セブンイレブン上越河原町に到着。


 道の駅くりからで休憩をとってからは順調に来ていて、ハンドタオルで尻の痛みも何とかごまかした状態で走れており、正直な話、前日に若狭湾を走ってる時は、この新潟でDNFかなと思っていたわけですが「もうちょっとやれるかも……」

と言う気持ちに。

 上越のローソンのPCでは何人か先客がいて、調子はどうかとか世間話を少々、足の具合がよくないと苦しんでる仲間にグリコのビタミン剤を分けてあげました。

 こちらも「ヘッドライトが思いの外良くない、すぐにバッテリーが死んで消灯してしまうんだ」とボヤくと


「GENTOSの355じゃ苦しいでしょう、乾電池タイプじゃ寒暖差ですぐやられちゃいますよ、(自分の使っている)こいつはいいよ!」


 彼のハンドルについていたのは、キャットアイのVolt1600。自分がロングライド始めた頃にはなかったヘッドライトです。

 光量もいいし、ランタイムもいい、寒くても昇圧回路で安定していると絶賛してました。

 そんな彼は、もう一つ先の街柏崎市での宿泊を予定しており、お互い健闘を祈りつつ出発、出て行く仲間たちの姿を見ると「やれるところまで走ってみよう」と言う気持ちになりました。


 ここで1225kmの走行距離、ちょうど半分ほどまで消化したということになりました。

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▲PC13セブンイレブン上越河原町(1225km地点)


 自分はPCのチェックアウト後、そのまま予約していたルートイン上越で宿泊予定ということで、1kmほどコースをそれてホテルへチェックイン。

 ドロップバッグの荷物を受け取り、自転車をフロントに預け、傷んだ尻のケアに入浴施設を利用、ビタミン剤を摂取しすぐに眠りに落ちました。



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# by minagi_ichirino | 2017-01-22 01:06 | Bianchista | Comments(0)
【チャリ】Bike Across Japan2400のこと(序盤戦)

 Bike Across Japan 2400参戦記その3。
 前回からずいぶん間が開いてしまいましたが、今回はスタートしてから序盤戦の事の覚え書きです。
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 スタートは4月29日のAM9時、前回に書いたようにスタッガー方式(一人一人順番にスタート)ではなく、一斉にのスタートでした。
 佐多岬ロードパーク付近は強烈なアップダウンが多く、集団でスタートするものの、開幕5~6km、ホテル佐多岬の先、県道68号に合流するあたりですでに集団はバラバラになり、なんとなく同じくらいのペースで走るパックや、ソロ走になっていきます。

 この日の予定では佐多岬をスタートし、鹿屋を経由し、都城で最初のPC(約120km地点)
 そこから日豊本線に寄り添うように走り、宮崎市街を経由して佐土原の先、かつてリニアモーターカーが走っていた都農で2つ目のPC(約210km地点)
 都農から延岡を抜けてそのまま大分との県境、宗太郎峠を越えて下ってきた最初の町、佐伯で3番目のPC(約300km地点)
 佐伯から一つ山を越えた先にある臼杵のフェリーターミナル(約330km地点)から四国、愛媛県八幡浜へ渡ります。

 当然フェリーは時刻表があり、制限時間や宿泊も考えると、最低でも4時台のフェリーに乗る必要があり、スタートして最初の330kmを19時間以内に走るというのが、序盤戦のターゲットでありました。

 天気は快晴と言っていい天気で、スタートから20km地点で国道269に入るとややアップダウンも落ち着き、左手側に鹿児島湾、薩摩半島、雄大な開聞岳が見え、道路脇にはハイビスカスがちらほら咲いているという素晴らしいシチュエーション、風も無風に近い状態で、今までいろんな道を走ってきましたが「最高!」と言えるサイクリングです。
 気分も高揚し、ついついペダリングも力が入り、アップダウンが多かったにも関わらずグロスタイムは25kmを上回り(信号も少なかったのもあるけど)巡航ペースは30kmを越え、想定していたよりもハイペースで南国の道を滑走していきます。
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▲スタート直後、南大隅町の道の様子、交通量も少なく天気も良かった

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▲都城の手前、国道269号
左手ガードレールに平行する舗装路は、国鉄志布志線の廃線跡

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▲PC01セブンイレブン都城郡元4丁目店

 ……いずれにしても、結構いいペースで走らないと、フェリーの便に間に合わないわけですが……
 最初のPC、セブンイレブン都城郡元4丁目には14時前にチェックイン
 ここまで120kmあまり、多くのアップダウンがあるなかで、120kmを5時間切るペースで走ってますからはっきり言って、自分からするとかなりのハイペースです。
 普段のブルベでは、トップゴールを争えるような、それくらいのハイペースですが、周囲の話を聞くと、大体30~40番手程度のポジションで走っているということ……

 速すぎるよ!!(笑)

 さすが、周りの多くの人は1000kmのブルベやパリ・ブレスト・パリ(PBP)を完走してる猛者ばかりで、1000km以上のブルベは初出場の自分はルーキー中のルーキー。
 周囲のペースに惑わされてはいけないなというので、気持ち眺めに休憩を取り、都城からはややペースを意識してセーブし淡々と走行。
 宮崎市街に入る頃には西日になり始め、抜けて、都農のPCが近づく頃にはすっかり夕暮れに。

 その宮崎市街あたりから、水色のBassoに乗った方と脚が合うのか、大体同じくらいのペースでパックを組み、郊外の街道ではお互い先頭を回しながら30km程度の巡航ペースに。
 時折、信号待ちなどで彼と少し言葉をかわしてみると、西川さんという方で、このBAJ2400には北海道からエントリーだということ。
 昨年のPBPや、1000km超のブルベの経験も豊富だが、今シーズンはまだ走り込めて無くて、さらに暑さは苦手、九州の大地はこの季節でこの気温は調子が狂うねとのこと。
 
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▲宮崎市街の様子、少し先を行くのはこのへんからパックを組んだ西川さんのBASSO

 2つ目のPC、セブンイレブン都農寺迫には日が暮れきる前の18時40分頃に、西川さんとパックを組んだままチェックインし、多少の食事と水を補給しチェックアウト。
「このペースなら4時台の一つ前、深夜2時台のフェリーにも間に合いそうだ」
 とお話をしつつ、PC後もパックを組んで最初の夜間走行に臨んでいきました。
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▲PC02セブンイレブン都農寺迫、まだ明るいうちに到着できた

 延岡の街を過ぎると大分都の県境、宗太郎峠で、以前乗り鉄でこの峠は見てきただけに、結構登るかなと思いつつ、ずっとアウターで行けてしまうようなチンタラした登りが淡々と続き、途中まで西川さんと一緒に走ったものの、登りの苦手な自分は彼からジリジリと遅れてしまい、一人の走行に。
 気温も宮崎市街では30度以上あったものが、この峠では10度を下回る急転直下で、逆に寒いのがあまり得意ではない自分は思うように調子が出ず、さらには40kmあまりもこの低温の山奥をくねくねと走りました。

 下ってきた先の3つ目のPC、セブンイレブン佐伯神岡でも気温が低く、とても休める状況ではなく、カップ麺で暖を取りつつそそくさとスタート。
 時間は23時15分位。
 このPCで先に佐多岬で挨拶をしていた、BianchiのTeam Infinitoサポートを受ける奈古さんにも追いつかれ、更には佐伯から津久井、臼杵フェリーターミナルまでの登りですっかり置いて行かれてしまいました……
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▲PC03セブンイレブン佐伯神岡、とにかく寒かった……

 とはいえ、決して失速していたわけではなく、登りがあまり得意ではない自分はマイペースで走っていただけ、なのですが(汗)

 臼杵フェリーターミナルには深夜1時半頃に到着、西川さんや奈古さんからだいたい15分ほど遅れての到着でしたが、乗り込むフェリーの便は一緒ということで、目標としていたフェリーよりも一便前をキャッチ出来て、ここまで想定よりもいい調子、いいペースで来ているから良かったかなと。

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▲九四オレンジフェリーに乗船
サドルバッグは外して客室に持ち込んでました

 臼杵から八幡浜までのフェリーは2時間ほどの航路で、GPSやマッピング、走行ログとして使ってるiPhoneの充電や、予備バッテリーの充電も出来、暖かい部屋で横になって、質のいい睡眠をとることが出来ました。
 もちろん330kmも走り、獲得標高も6000m近くありましたから、それ相応のダメージは有りますが、ビタミン剤を飲んで、まとまった休憩を取ればOK。
 朝からの四国の旅路に備えます。

☆ ☆ ☆

 フェリーは深夜2時40分出港で、5時前頃に八幡浜に到着でしたから、大体睡眠時間にして2時間超くらいで、当然一日中自転車を漕いでましたから、一瞬で眠りに落ち、乗船員に叩き起こされるまで熟睡していました。
 5時過ぎにフェリーを降りて、四国は温かいという淡い期待を壊すような肌寒さの中リスタート。
 臼杵にはコンビニがなかったのもあり、何人かは、八幡浜のコンビニで補給したりもしていましたが、次のPCまで50km程度という短いコントロールなので補給なしで瀬戸内海沿岸を走っていきます。
 
 国道378は瀬戸内海沿岸の漁村をつないでいる道ですが、標高の高いところには行きませんが、思いの外アップダウンが多く、更には海からの吹き付ける風も思ったよりもあり、気温も低く、思うようなペースで走れません……

 午前7時50分頃に4番目のPC、松山市の手前、ローソン伊予インターにチェックイン。
 予定よりも一便早いフェリーに乗ったわけですから、そこまで頑張らなくてもよかろうということで、このPCで35分ほど停車し、同じフェリーの便に乗った人たち全員よりも遅れてPCをスタートしました。
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▲PC04ローソン伊予インター
実はこのPC停車中、ちょうど画像の後ろの自転車の台湾の方に自転車を倒されてしまい
サドルの修正したりもありました。

 この日は愛媛県の瀬戸内海沿岸をを走り、今治からしまなみ海道に、広島県の尾道に抜けて、福山市からは内陸寄りに道を変え井原市、総社市を経由して岡山へ。
 岡山からは海沿いへ向かい、赤穂市で宿泊する計画でした。

 松山市に差し掛かる辺りになると、午前9時前になり、気温も上がり始め、交通量も増えたものの、ペースも出来てきて、疲労感はあるものの順調なペースのまましまなみ海道に。
 今治のコンビニで小休憩して、評判のいいしまなみ海道へ入って行きましたが……このしまなみ海道が、個人的には苦しいポイントとなりました。

 しまなみ海道はゴールデンウィークということもあり、人が多く混雑しており、また道も複雑で、あまりスイスイと気持ちよく走れるような道ではありませんでした。
 途中広島1000kmのブルベの人たちとすれ違い、会釈を送りつつ、生口島のPC(ローソン瀬戸田中野・481km地点)で買い物をし、広島県の因島、尾道へ。
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▲しまなみ海道、かなり今治側のほうです
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▲これもしまなみ海道、青い線が引いてあるけど、やっぱり道はちょっと複雑で迷いやすい。

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▲PC05ローソン瀬戸田中野、気温もピークなくらい暑かった


 ほぼ全ルートを舐めるように走ったしまなみ海道ですが……サイクリストの聖地とか言われてますが、正直な話、先に書いたように僕自身としては、少なくともブルベで走る上であまり気持ちのよい道ではありませんでした
 景色は確かに天気もよく壮大でしたが、写真を撮ろうにも道が狭く、それと酷い坂道と多くの一時停止を求められ、道も複雑、あまり快適な道ではありませんでした。


 更には幸谷峠という10%超の激坂峠もあり……


 実際この区間はグロスタイム15kmを下回り、寄り道していないにもかかわらず、ひどくブレーキになってしまい、渡り終わり尾道の交差点に降りてきた時には西日になっていました。

 思うに、ロードレーサーでスイスイ気持ちよく走るというよりも、ミニベロやクロスバイクでのんびり流して走るようなのが似合うんだろうな……

 尾道からは国道二号線にやや付き合い、福山市街からは井原市方面へ。
 しまなみ海道でも時々顔を合わせていた西川さんとは、福山市街あたりから再びパックになり(本当に平地は同じような脚なんでしょうね……)矢掛町にある6番目のPC「セブンイレブン矢掛東町」(約560km地点)には17時45分頃チェックイン。

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▲PC06セブンイレブン矢掛東町
井原鉄道沿いは交通量は多かったけど走りやすい道だった

 やはり本州、しまなみを過ぎてからは交通量も多く、いつものブルベらしくなってきた感じです。
 全身、体の節々にだるさは感じるものの、概ね好調で、強いてあげれば尻が結構痛いということくらいでしょうか。

 PCを出てしばらく行った先、総社市からはライトオンの夜間走行になり、岡山市に入る頃には再び西川さんとパックを離れ単独走行に。
 走行距離も岡山からは600kmを越え、とにかく疲労感と眠気もあり「早く走れば長く休める!」というのもあって、宿を確保している赤穂市まではペースアップ。
 岡山市街の信号峠でやや遅れたものの、7番目のPC、セブンイレブン播州赤穂駅前(約650km地点)には22時30分頃にチェックイン。
 そのままPCの目の前にある東横インに崩れ込むようにして入り、予め佐多岬から送っておいた荷物を受け取り、シャワーと同時に着替え、パッキングしなおし即就寝。

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▲PC08セブンイレブン播州赤穂駅前
自分以外にも多くの参加者が周辺で宿泊していた

 やっと600kmブルベ一回分となりましたが、まだまだ序盤戦、全体の1/4が終ったにすぎないのでした。


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# by minagi_ichirino | 2017-01-21 16:05 | Bianchista | Comments(0)
【チャリ】Bike Across Japan2400のこと(スタートまでのこと)
 Bike Across Japan2400参戦記その2。
 今回は出発からスタート前夜、そしてスタートまでのこと。

 タイトルの通り、鹿児島県の九州最南端「佐多岬」から北海道の北端「宗谷岬」まで約8日半の制限時間で走り抜ける、極めてエクストリームなブルベです。
 まず、参加するにしても前年までの実績が必要で、2015年度のスーパーランドナー認定を獲得していることが出走条件でした。
 ……まぁ、当然ですよね、走力のない人が記念参加して困ったことになっても仕方ないわけですから。
 自身は、なんとか2015年度に初めてスーパーランドナー認定を取ることが出来たばかりで、ルーキー中のルーキーみたいなポジションでした。
 
 更に前回のブログに書いたように、600km以上のブルベには参戦したことがありませんでしたから……3日以上にわたって一日中走り続けるサイクリングというのが、一体どういう世界なのか想像もつきませんでした。
 何か、とてつもないことに挑戦している自覚はありましたが、とにかくゴールまで走り続ける想像がつかない。
 走れるところまで走るしかない、やれるだけやろうという、そういった意気込みだけがスタート前にあった自信でした。


 前日の朝に自宅を出発
 まずは飛行機で羽田から鹿児島空港へ……飛行機輪行は初めてでしたが、全日空がいいよというアドバイスも有り、ANAをチョイス。
 ゴールデンウィークで搭乗手続きに時間がかかりましたが、なんとか無事に飛行機輪行もOK。
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 ちなみに荷物のほとんどが衣類、自転車のらない時の服装はTシャツ一枚とトランクス、短パン、クロックスのみ。
 あとは全部サイクルジャージやレーパン。 寒冷地用と夏用と、想定できる範囲内で持っていけるだけ持って行きました。


 走りを良くするために、走行中の荷物は基本ドロップバッグ方式で、2日事に宿で拾って着替えたり手入れする作戦。


 自転車には最低限、エマージェンシー的な工具や補修パーツ、天候に備えて冬用の長袖、長手袋を装備。

 タイヤは前回のスペックにも書いたように、前輪ミシュランPRO4グリップ23C、後輪ミシュランPRO4エンデュランス23C。
 一応新品にしてきたけど、サイドカットは想定外扱いで、一切対策なし、スペアタイアもなし。

(というか、今までブルベやサイクリングしてきて、サイドカットしたことは一度もない……)


 スペアチューブは2本、1本のみ携行で、1本はドロップバッグ。
 普段と違うのはチェーンカッターとアンプルピン、ボルト折損のために予備のステンボルトを持っていったこと。
 トラブルフリーが前提です(一応整備士&自転車技師の資格持ってるしね)


 お昼すぎには鹿児島空港に着くと、主催のチャーターしたバスに搭乗。
 自転車は別途トラックもチャーターしており、参加者のバイクはトラックに載せて佐多岬まで運搬です。
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▲チャーターされたホテル佐多岬のバス、特に知り合いも居なかったので一人でおとなしくしてました……
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▲空港からトラックによる運び出しの様子

 国鉄大隅線の廃線跡を眺めながら、3時間ほど走りホテル佐多岬に到着。

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▲バイク搬入後の様子、まるでル・マンのパドック裏のよう。

 バスの到着の後、少し遅れて自転車が搬入されると、ロビーから廊下一面で全員が自転車の調整を始める……ちなみにスタートは52名。
 さすがにこんな2400kmも走るブルベに参加するもの、全員が手慣れた手つきで調整をしており、佇むオーラが普段のブルベとは全然違います、不慣れな人や初心者ぽいひとは皆無。
 何人か知り合いが居て、挨拶と健闘を交わしました。
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▲サイクルヨーロッパのサポートライダー、奈古さんのインフィニートCV。
1月に一緒にサイクルヨーロッパのオーディションを受けた方に再会で驚き(ちなみに自分は落選しました)
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▲スタート前に寄せ書きも描きました
せっかくなので、えんじぇるこまちと本当に無事故を祈って。

 前日は11時前には就寝。


 当日は朝6時頃までしっかり寝て朝食、宅配便を預けて、一旦自転車にまたがりクイックの締め付けや、ボルトの類チェック、空気圧もOK。 改めて8時過ぎにホテルを出発、スタートの佐多岬ロードパークへグリッドイン。

 しかし、話には聞いていたけれど、佐多岬直前は酷いアップダウンが多く、道路も荒れており「路肩には注意しないとな……」という感想。


 天気は快晴。


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 車検と簡単にライダーズミーティングを終えて、記念撮影。

 他のライダーの自転車を見てみると、半分以上はハイエンドのカーボンバイク……Pinarelloのドグマや、Timeのスカイロン、Kuotaのカルマ……エンデューロ向けのモデルも結構有りましたが、わりとガチガチのレーシングバイクのチョイスが目立つ様子。

 アルミモデルも少なくはない、自分のViaNirone7はグレードによっては10万を下回る安物アルミバイクなので、全参加者中1~2を争う「安価車」……もうちょっといいバイクがいいなあなんて。

 雑誌でよく取り上げられる「ツーリングやロングライドこそ、クロモリがいい」という話題もあるが、現実を見て、クロモリをチョイスされてる方はホンの2~3人という超少数派。

 むしろチタンバイクのほうが多いという驚きのバイク事情でした。

 チタンバイクは、セブンサイクルズに、パナソニック、リンスキー、MOOTSとチタンバイクオールスター状態でした、自分もBianchi S9 Matta欲しくなってきた…… 


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 スタートは29日AM9時になると「それでは各自、スタートしていって下さーい」と言う感じで、ほぼ一斉スタート。
(千葉ブルベでは車検を終えた人から順にスタッガー方式でのスタートなので、すこし面食らいました)

 52名の戦士たちが、号令のもと一斉に一路北へと長い長い道程をスタートしていきました。

 自分もTimeのiClicペダルをカチリとエンゲージさせ、やや後方ポジションながらいよいよのスタートを切りました。


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# by minagi_ichirino | 2016-11-01 02:28 | Bianchista | Comments(0)
【チャリ】Bike Across Japan2400のこと(出走前夜)
 自転車の長距離ラリーであるブルベの話。
 5月のGWの時期に、そのブルベでも日本で最長距離を走ると言われている、Bike Across Japan2400に参戦してまいりました。
 そのレポートというか、覚え書きというか、それを数回に別けて書いていきたいと思います。

 まず今回は当日までの事前準備までの話。
 使用する自転車はBianchiのVia Nirone7 PRO、普段からブルベで使っている自転車ですが、今回は超長距離を走るということで、完全な全天候対応の重装備仕様です。

 前回のブログ記事で11速化を完了したわけですが、10時間くらいかけて、ほぼ完バラにバラして、ワイヤーやバーテープも一旦引き直して、リムも砥ぎ石で磨いて、オーバーホールがてら組み上げました。

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 そうして組み上げたVia Nirone7、またの名を「姫」

 10000kmくらい走ってしまったExtenza Bicoloreを脱ぎ捨てて、タイヤはミシュランPro4に。
 なんと前輪はPRO4GRIP、後輪PRO4Enduranceという変則的組み合わせ……

 前後輪で違う性格のタイヤをつけるのはMavicもそうだけど、個人的にはニッサンR89C(WSPC仕様)の影響(笑)


 25Cのタイヤにしようか迷ったけれど、結局23Cに……


 STIの角度が気に入らなかったので、少し調整、フィジークのジェルパッドもちょっとだけ挿入、これで手のひらが痛くならないといいな……

 ヘッドライトは相変わらずのGENTOSの閃355の2灯をメインに、シマノPROのイリウム300を局所スポットで利用予定。

 ボトルケージはTACXのDEVA、人生初のダブルボトル仕様です。
(片方はツールボトルか輪行袋の予定ですが……)


 フロントフォークも軽量性と下りでの安定感を狙って、Infinito用のフルカーボンフォークをインストール。

 オリジナルのアルカーボンのものに比べると、フォークオフセットが少なく、ややクイック目なハンドリングですが、軽量性は劇的です。


 減りやすいタイムのクリートも新しくし、スプロケットも平地用の12-25Tから、12-28Tの山用に変更!

 更に今回は、ブレーキ周りとハンドル周りにベータチタニウムボルトを投入

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 天王寺のMovementで特注で作ってもらったアイスブルーカラーのベータチタニウムブレーキボルト!

 ブレーキのしっかり感……も、もちろんあるのですが、それよりもネジとしての美しさと精度の良さ、工具を通した時に「あ、いいものを使ってるな」という感覚は、なかなかやる気にさせてくれるものです。

 

 仕事が忙しい時期でなかなか時間が取れなかったものの、なんとか暇を見つけてBAJ直前に本番装備で150kmほどの走り込み。
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 主に房総半島の山間部を中心に、アップダウンも含めて走り、まずまずの感触。
 身体もいい感じに絞れており、体調も安定、コレならベストの走りができそうです。
 2400kmにも及ぶペースノートも1週間かけて4冊(600km分を4冊)にかき分けて、準備完了。

 作戦としては基本300kmごとにまとまった休憩、600kmごとに宿泊、というペースをイメージです。
 しかし、かくいう自分は一つのまとまったライドでは640km分しか走ったことがないので、どうにもその先のことはイメージしづらく、計画もかなりあやふやなまま、前日の飛行機に乗ることになりました。

 期待半分、不安半分、といえばそうなのかもしれませんが、どちらかと言えば「こんなビッグイベントに参戦できるなんて、なんて光栄なことなのだろう!!」と言う感激が胸いっぱいでした。

■Bike Across Japan 2400 使用機材
 
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車体:Bianchi Via Nirone7 2015 Belkin Ltd
コンポ:Shimano Ultegra(6800系) 11S中心
ハンドル:ITM Millenium Wing Shape Carbon 400
バーテープ:Sella Italia BarTape Contololo
ヘッドライト:Gentos 閃355 2灯+Shimano PRO Ilium400
ペダル:Time i-Clic2 ファイバーフレックス
サドル:Astute Skyline VT Lime
ホイール:Campagnolo ZONDA 2015
タイヤ:(F)Michelin PRO4 GRIP 23C (R)Michelin PRO4 Endurance
(with Panaracer R-Air Tube)
GPS:None
パッキング:Ortlieb サドルバックL+ダブルボトル

備考:
・フロントフォークをBianchi Infinito用のものに交換。
・ステムボルト、フロントブレーキシューボルトをベータチタニウムに交換。
・パッキングは、500ccのボトル(CAMELBAKのポディウムチル)と輪行袋を外側にマウント。
・サドルバッグの中身は、レインジャケット上下にシューズカバー(雨装備)とツールや補修パーツの袋、携帯のバッテリー。


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# by minagi_ichirino | 2016-04-21 00:00 | Bianchista | Comments(0)
【チャリ】姫を11速化してみようか
 愛機の1台である「姫」こと、Bianchi Via Nirone7 Team Belkinを11速化してみました。

 え?アレだけブルベ走ってて、まだ10速だったの?ッて感じでもありますが……
 そもそもはNirone7は、通勤用のゲタチャリで買ったものであって、ブルベやロングライド遊びするような自転車ではなかったのです。
 紆余曲折あって、Nirone7でブルベを走るようになり、それからカスタムを細々と続け、とうとうはメイン機であるはずのOltreよりもお金をかけたカスタムになっていったわけですが……

■今回の改造メニュー

・11速化(STIとRDを6800アルテグラ化、スプロケットは12-25Tの平地用11S)
・合わせてバーテープも交換
・さらにレバーフードもShakesのソフトタイプに交換
・ブレーキシュー交換
・アウターワイヤーもJagwireからShimanoに交換

 もともとクランクは5800系の105がついていたのでそのまま。
 FDも5700の10速用のものですが、5700のFDで5800の11速用クランクを普通にスパスパ変速してたのでそのままです。
 STI変えたことでレバー比やインデックスが変わってることもあるかもしれませんが……
 変速なんてバシッと変わりゃあ、なんでもいいんだよ!!


 ハンドル周りからばらしていきます、ワイヤーも全部はずして行きましょう。
 ハンドルのバーテープやら、ワイヤー固定テープを剥がしてびっくりしたのですが……

このハンドル、両肩が折れてる……

 なんとハンドルの肩の部分が両側ともビリッとクラックが入ってました。

 いや、まてまて、これは孔明の罠だ、このハンドルはカーボンとは書いてあるけど、ITMお得意のカーボンラップのアルミハンドルだったじゃないか、ハッハッハと思いつつ、クラックから剥がれたカーボンちょいちょい突っつき、表面のカーボンをはがすと普通にアルミのハンドル芯が綺麗に出てきました。
 当たり前ですが折れてませんでした。
 おどかしやがってこのやろう。

 しかし、ブルベでバキバキにハードに走ったとはいえ、表面のカーボンラップが割れて剥がれるってどんだけ低品質なんだITM、倒産寸前だったから仕方なかったのか。
 カーボンラップもPPC用紙よりも薄い(爆)じゃないかITM、それでいてHI-TECH Carbonと名乗るかITM。
 このハンドルで4万円取ろうとしてたのかITM。
 今どき偽物中華ハンドルでももうちょっとマシだぞITM、くそう可愛いじゃないかITM。

 俺はITM使うけどな!!


 STIを交換する関係で、ブレーキは前後とも一旦フレームから外してオーバーホール。
 昨年一年間使ったシューは、まだ少し使えそうだったけれど思い切って前後とも交換。
 前は5800のブレーキですが、後ろは以前交換したケーンクリークSLがついています。

 このケーンクリークのブレーキについてるシューはTRPのものだったのですが……コイツはどうも摩耗が速いらしく、まだ使い始めて半年も経ってないのに、1年以上使いました前の5800のシューに比べて磨耗が激しかったです。
 ここはせっかくなので、シマノのデュラエース用のシューに舟ごと交換します。

 ちなみにブレーキシューの舟ですが、どうやらデュラエースのものはマグネシウム合金でできてるらしく、アルテグラ以下のものに比べて軽量で高剛性なんだとか……


・クリーニングしつつも駆動系もリフレッシュ。
 後ろ変速機とスプロケット、チェーンを交換しました。
 チェーンはせっかくなのでデュラエース11速用のものを。
 スプロケットはアルテグラグレードのもの……や、本当はデュラ付けたかったのですが、予算的に用意出来ませんでした。

 12-25Tのクロスレシオなので、平地向けのスプロケットです。
 これは2月に幕張エンデューロに出走した際に、25Tのクロスレシオのスプロケットがほしいなあと痛感したということと、18Tのギアが欲しかったというのがありました。

 CEJの関根メカ曰く「エンデューロとかで平地でバキバキ走るなら、18Tないと生きていけない人とか多いと思いますよ~」というアドバイスもありました。

 まぁ、本来Oltreにつけるつもりのスプロケではあるんですが……


 とまぁ、そんなこんなで6時間くらいかけて完成。
 クランク周り以外は完バラみたいな作業でした。

 バーテープはSelleItaliaのスムーテープ・コントオローロのグリーン。
 非常によく延びて巻きやすいのですが、調子こいて伸ばしまくってロゴを揃えてるとテープが薄くなり、振動吸収も握り心地もクソもない感じになりました(笑)

 次回ブルベはこの仕様で走ってしまうぞ!
 と、思ったのですが、BAJ前哨戦で考えていたAJたまがわの足尾300は、どうやら仕事の都合が合わず出走できない様子……

 ということは、BAJぶっつけ本番??
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# by minagi_ichirino | 2016-03-16 12:36 | Bianchista | Comments(0)